
今後の行事
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◎長崎平和祈念礼拝(長崎原爆80年)
日程:2025年8月9日(土) 午後2時30分
場所:長崎外国語大学ホール(4階)
講師:森島豊牧師(青山学院大学教授・宗教主任)
音楽ゲスト:J.Rio、Ministry99、
活水高校・南山中高合同バンド
〒851-2196 長崎市横尾3丁目15-1
(☎095-840-2000)
※礼拝の参加に関するお問い合わせは協議会まで


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平和祈念式典への
台湾非招待についての声明
長崎キリスト教協議会(以下、長崎CC)の運営委員会は、終戦80年の節目となる2025年8月9日の長崎原爆の日にあたり、長崎市主催の平和祈念式典に台湾が招待されていない現状に対して、深い痛みと遺憾の意を表明いたします。私たちはこの思いを祈りに込め、被爆の歴史の中にある全ての人々と痛みを共有し、真の平和を求める立場から声明を宣言します。
背景:在外被爆者と台湾の歴史
長崎CCは毎年8月9日に長崎原爆を覚えて「平和祈念礼拝」を守り続けてきました。その際、私たちは原爆に遭った在外被爆者を支援する市民団体(代表:平野伸人氏)のための献金を捧げることで、海外にいる被爆者の支援に取り組んでまいりました。これまで長崎CCは、被爆の悲劇は国境を越えて多くの人々を巻き込んだ事実を心に留め、とりわけ被爆した台湾出身者の存在とその痛みの歴史を覚えてきました。
実際、長崎で被爆した方々の中には、当時日本の統治下にあった台湾から仕事や学業のために来日していた人々も含まれており、その多くが被爆後に祖国へ帰還しています 。例えば、長崎医科大学(現長崎大学医学部)では台湾出身の医療従事者18名が原爆により命を落としたことが確認されています 。また、爆心地からわずか700mで被爆し奇跡的に生還された台湾出身の王文其さんは、戦後、台湾に戻り医師として尽力されるかたわら、生涯にわたり毎年8月9日に自身の被爆体験を語り継がれました 。原爆投下から80年が経過した現在、台湾で健在な在外被爆者は10名に満たないと報告されています 。私たちはこのような歴史的事実を忘れることなく、台湾の被爆者とその遺族が背負ってきた深い悲しみを覚えてきたのです。
長崎市平和祈念式典への台湾非招待の現状
今年の8月9日に長崎市が主催する平和祈念式典について、当初、台湾が公式招待されていないことが明らかになっていました。長崎市は式典の招待状・案内状の送付先を「日本に大使館または国連代表部を有する国・地域」に限るとの基準を設け、台湾はこの基準に該当しないため招請状を送付しない方針を示していたのです。一方で、広島市は今年の8月6日の平和記念式典に際し、招請状送付の方式を見直して外交窓口のあるすべての国・地域に案内文を送付し、台湾の代表が初めて式典に参加できるようにしました。長崎市は同様の招待を行わず、この対応の違いが際立っていました。
この長崎市の決定に対し、台湾の対外機関の報道官は記者会見で「深い遺憾」の意を表明し、さらに台湾側は式典への参加希望を長崎市に伝えていました。ところが7月5日、長崎市の鈴木史朗市長が台湾側に式典への出席を認める意向を伝えたことを明らかにしました。私たちはこの動きを歓迎いたします。しかし、招待の発表はあったものの、長崎市は台湾の参加について招待や案内を行う国・地域とは異なる形での対応を検討していると報じられており、その具体的な方法は未だ明らかにされていません。実際に他の国々とは異なる対応がなされる可能性があることに、私たちは懸念を覚えています。私たちはこの再検討が真に前向きな結果となり、台湾の方々が公式に式典へ参列できることを心から願っています。
以上の事実に接し、被爆地・長崎のキリスト者として私たちは深い悲しみと残念な思いを禁じ得ません。原爆の惨禍とその記憶を共有し、国境や立場の壁を越えて共に平和を祈るべき式典において、台湾の人々が除外される現状は式典本来の趣旨に反する痛ましい事態であると受け止めています。被爆者の高齢化が進み記憶の継承が急務となる中、80年という節目の式典から台湾が公式に除外されることは、歴史の証人たちの思いを分かち合う貴重な機会を失わせるものであり、誠に哀惜の念に堪えません。
キリスト教信仰に基づく平和への祈りと願い
長崎CCはキリスト教の教会協議会として、聖書の教えに立って平和を求める働きを続けています。私たちは国際政治や外交上の複雑な事情があることも十分に理解しています。しかし、そのような政治的課題があるからこそ、私たち信仰者は人と人との絆を政治的壁よりも優先して大切にしたいと願うのです。聖書は「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」(ローマ12:15)と教えています。国籍や立場が異なっていても、痛みを覚える者どうしが共に涙し、共に祈ることは、人間に与えられた尊い務めではないでしょうか。
聖書はまた、キリストが隔ての壁を打ち壊し、遠く離れていた者同士を和解させるために来られたと語っています(エフェソ2:14-16参照)。教会はこのキリストの和解の福音に仕える共同体です。ゆえに、私たちは政治的・歴史的な障壁を越えて和解と交わりを実現していく責務を負っていると信じます。
今回、台湾が平和祈念式典から除外されかけていることに対し、私たちは単なる政治的要求や対立としてではなく、信仰に基づく痛みの表明として声を上げています。それは、聖書が示す「すべての人を自分の隣人として愛しなさい」という精神に従うゆえであり 、また被爆の苦しみを共にした者同士としての連帯感からでもあります。長崎の平和祈念式典は、本来あらゆる背景の人々が共に悲しみを分かち合い、平和への誓いを新たにする場であるはずです。そこに台湾の方々が公式に招かれないということは、平和を求める私たちの祈りの輪から大切な隣人を締め出してしまうことになります。私たちはそのことを決して望みません。むしろ、壁を越えて和解と友情を示す好機として、この80年の式典が用いられることを切に願っています。
結びに
最後になりますが、私たちは祈りをもってこの声明を結びたいと思います。被爆80年という重みある年に、長崎が再び平和の原点に立ち返り、すべての被爆者とその遺族の痛みを自分自身の痛みとして分かち合える場となりますように。そして、台湾をはじめ世界の隣人たちと手を取り合い、「人類として、二度と核による惨劇と戦争を繰り返さない」との誓いを新たにできる式典となりますよう心から願っています。
私たちは長崎市が英断をもって台湾の方々の参加を正式に認め、共に祈りを捧げることができるようになることを切に望みます。それこそが真の平和と和解への一歩であり、80年目の長崎から発信すべき希望のメッセージではないでしょうか。
どうか平和の主なる神が長崎と台湾、そして全世界の上に憐れみを注ぎ、慰めと平和で満たしてくださいますように 。
2025年7月24日
長崎キリスト教協議会 運営委員会